日常

宮﨑あおい考

2008/12/14 日曜日 | 日常 | 1 件のコメント

ごく個人的な趣味ですが、考えてみたいと思います。

宮﨑あおい」という人物を。

彼女が出演した作品で、はじめて見た作品が何だったのかは覚えていません。「ラヴァーズ・キス」になるのか、いや、「NANA」だったのかもしれないし、「いぬのえいが」だったかもしれません。正直に言うと、そのとき宮﨑あおいがその人であるということを認識していなかったのだと思います。

当初の彼女への印象は「声が印象的」と「光のまとい方がうまい」という、ごく適当ものだったと記憶しています。いずれにせよ、彼女の演技を目にして衝撃を受けた、という出会いではありませんでした。

明らかに見る目が変わった作品は「純情きらり」。彼女は朝の連続テレビ小説大河ドラマのようなことを成し遂げてしまったのだと思います。つまり、ひとりの女性の一生を演じきった。しかも、複雑な心理描写を無理なく。

「純情きらり」自体、従来の連続テレビ小説にはみられない稀に複雑な人間関係が描かれていたと思います。特に、宮﨑あおいが演じた役で、婚約者が戦地に出征する最中、姉の夫に恋心(というほど単純な感情でもないのだろうけど)を抱いてしまうという演技は、その心境の機微の表現が素晴らしかったと思います。

そして、「こいつぁただもんじゃねぇ」と確信を得たのが「好きだ、」。ほぼ台本がなかったという状況下で、「アドリブ」なんていう軽い言葉で片付けたくない演技が光っています。多分に監督の良さがあった映画だったと思いますが、あの空気感に乗り切れたのは宮﨑あおいだったからなのではと思うのです。多分、「演技」を固定概念で捉えている役者がやったら、あの映画の中では浮きまくりだったでしょう。

おそらく彼女は、「演じる」という概念を、「生きる」「その人になる」「その感情を実際に抱く」という行為に置き換えているのだと思います。とても素直に。彼女自身、「トップランナー」でそのようなことを言っていました。

そして今回、大河ドラマ「篤姫」を彼女は見事に生ききりました。確かに、まだまだ演技に深みやバリエーションがあるとは思えないのも事実です。しかしそれは、まだこの時点で伸び代があるということ。結婚をし、おそらく子どもを産み、、、という人生経験が、彼女の芝居の世界にどういう「生き方」を与えてくれるのかが楽しみです。

散歩

2008/9/29 月曜日 | 日常 | Comments Off

散歩のある生活は、ちょっと贅沢な生活である、と私は思います。まあ、「贅沢」の意味の捉え方によってものは言い様ですけども。少なくとも「ゆとり」のある生活であることは間違いないです。

実際、朝から夜遅くまで働いていたSE時代は、平日はもちろん、休日も動く気にならず「散歩」の二文字を頭に浮かべることすらできませんでした。最近もちょっと忙しかったので散歩してないのですが、いつもは淡々と仕事をし、その終わりに散歩する、というふうにワークとライフの間に散歩を挟みます。

夕暮れ時に散歩をすると、なんだか、一日のうちで一番ほっとしている時間の中を漂っているようで、つつがない日常を過ごせたことに感謝する気持ちでいっぱいになったりします。って、なんだかジジ臭いっすね、私。

でもね、お家の近くで友達同士帰るのを渋っている子どもたちとか、仕事を終えて家路に向かうお父さんさんとか、お家から漂ってくる夕飯の支度の匂いとか。人々の生活感というものに浸れるし、なにより、車では気づけなかったような小さな路地にある小さなものもいっぱい見つけられます。ああ、子どものころはこういうひとつひとつが発見だったな、と思い起こせるのです。

先日、ノルディックウォーキングのインストラクター養成講座に参加してきました。あの、スティックを両手に持って歩くやつです。思っていたより難しくてハード。ちょっと、普通の散歩とは一線を画すな、とは思いつつも、散歩をスポーツとして、またひとつのスタイルとして進化させるファッショナブルな一面は確かにあると思いました。

エネルギーの燃焼効果は20%向上し、足腰への負担も軽減されるのだそうです。なにより、正しいフォームを習得すればその歩く様がかっこいいのです。

趣味がなくて困っている皆さん、「散歩が趣味です」なんて恥ずかしくて言えないと思っている皆さん、「ノルディックが趣味です」なら堂々と言えますよ。