2010年 慰霊の日に想う
午前中の取材仕事を終え、散髪に行った。髪を切られながら、美容室の時計が正午を示したのに気づき、そっと目を閉じる。
今日は、沖縄戦で組織的戦闘が終結したとされる日。
この日は、散髪はもちろん、食事や買い物、当たり前にある日常生活のすべてが、特別なことに思えてしまう。実際には見たことのない65年前の戦渦のイメージが、頭の片隅にずっとあって、そのイメージと日常の平和な風景とのコントラストが、この日ずっとつきまとうのだ。
平和のうちに日々が過ぎることは、とても尊い。
今日の新聞に、県内の戦跡を紹介する頁があった。南城市内には150もの戦跡があるのだという。そのひとつ、糸数壕(アブチラガマ)の前を車で通った。たくさんのバスが停まっていた。年間を通して、糸数壕を訪れる人々は後を絶たない。
僕も一度だけ、糸数壕のガイドを受けたことがある。光の届かない闇の世界。水の音だけが響く。当時、この暗闇の場所に、どれだけのうめき声が響いたのだろう。
糸数壕の平和ガイドを担う「ゆうなの会」が作った紙芝居がある。その終盤、住民が壕から出た時の言葉が忘れられない。
「光がまぶしい。緑がきれいだ」
当たり前の平和な日常こそなにより尊いという感覚。僕や多くのウチナーンチュの心に根付いたその感覚は、沖縄戦で散った人々、生き残って語り継いできた人々が残したかけがえのないものだということを忘れてはいけない。
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