続くことのニュース
続けていることはニュースになりにくい。
現在の報道は「何かが始まった」「何かが終わった」「何かが変わった」といったニュースがほとんどです。「今年もまた」というニュースは、よほどブランド価値の高いものか、毎回センセーショナルな話題性を商業ベースで組み込んだもの、と言っていいでしょう。
地域の伝統行事は毎年同じような時期に同じようなことを繰り返します。一般的に考えると、上記のような目新しいニュース性はほとんどありません。
しかしながら思うのです。変わらず続けていることにこそ、本来の尊い価値があるのではないかと。それを伝え続けるべきではないかと。
先日、南城市大里稲嶺区の獅子舞を取材してきました。稲嶺の獅子舞を見るのは4回目ですが、その迫力と動作の緻密さに、見るたびに感動するのです。新しい発見があるのです。
伝統には奥深さと、長い歴史に磨かれてきた強度があります。それゆえ、触れるたびに新しい発見があるのだと思います。
そのことを社会に伝え、まだ見たことのない人がその伝統に触れたときに、個人の中に新しい小さなニュースがうまれると思うのです。社会的には決してセンセーショナルでなくても。
神の島と言われる久高島の神女が途絶えた、という「ニュース」が報道されました。
http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-149894-storytopic-5.html
慎ましく繰り返される地域の伝統や日常が「終わった」というニュースにならないよう、続いていることのニュースを伝え続けて行けたらと思っています。
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